宮後城 | 蜂須賀家政の生誕地といわれるお城




宮後城 | 蜂須賀家政の生誕地といわれるお城

 

 

愛知県江南市の宮後(みやうしろ)城跡は、蜂須賀氏のお城のひとつで、蜂須賀小六正勝の嫡男・家政はここで誕生したといわれています。別名・蜂須賀氏屋敷、宮後砦。

 

 

 

 

 

 

歴史

 

宮後城の築城は古く、応永年間(1394〜1427)頃、美濃と尾張を併せて治めていた土岐氏の家臣・安井氏が城代として守っていたらしく、その後、代々安井氏の居城になりました。

 

 

規模は東西110m、南北約140m、周囲は堀で囲まれ、東を流れる石枕川から水を引きいれていた様です。

 

 

天文年間(1532〜1555)頃、蜂須賀小六は母の在所(実家)であるこのお城に住む様になり、木曽川以南の川並衆を率い、いつの間にか宮後城は蜂須賀氏の居城になったみたいです。

 

 

天正十二年(1584)年の小牧長久手合戦では、羽柴方の砦として使われたらしく、【宮後砦】と記載された記録が残っているそうです。

 

 

小牧長久手の合戦後、講和条件のひとつとして破却され廃城となりました。

 

 

その後の天正十四年(1586)に蜂須賀氏は阿波一国の領主となり、家政は阿波18万石の大名となり、徳島城を築きます。

 

 

 

 

 

 

阿波踊りは蜂須賀家政がキッカケ?

 

日本三大盆踊りのひとつとして有名な徳島県の阿波踊りは、一説によると徳島城が完成した時、城主の家政が城下の領民に『徳島城の完成を祝って、好きに踊って良い』というお触れを出した事がキッカケで始まったといわれています。

 

 

 

 

 

 

感想

 


かつての宮後城は、県道64号線が城跡を分断してしまい、空き地と周辺の住宅地になっています。

 

 

現地に案内看板があり、それを見てみると石枕川から水を引いた二重の堀が屋敷周辺を囲んでいた様で、典型的な中世の館城だったみたいです。

 

 

また県道64号線を挟んだ民家の前に蜂須賀家政公誕生之地という石碑が建っています。

 

 

あと、近くにある宮後八幡社は宮後城の出城の役割だったらしく、境内に残る石垣は、出城時代のものといわれています。

 

 

私の感想ですが、お城の遺構は残っていないのですが、この宮後城はチェックしておきたいお城跡のひとつだと思いました。

 

 

その理由は、結構有名な戦国武将・蜂須賀家政の生誕地ですし、現地の案内看板がわかりやすく、石碑も建っているからです。

 

 

また宮後八幡社も城域ということでチェックしておきたいですね。

 

 

 

 

 

 

 

これも現地の案内看板の図。

 

 

これを見ると、県道一宮犬山線(64号線)が城域を分断しているのがわかりますね。ちなみに右側が北。

 

 

宮後八幡社の先にある名鉄犬山線の線路までもお城の範囲だった様です。

 

 

 

 

 

 

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道路の向かい側にある石碑。隣りに案内看板が建っています。

 

 

 

 

 

 

 


宮後城の出城といわれる宮後八幡社には、出城時代の石積みの土塁が残っています。この地域らしく、使用されている石は丸い川石みたいな石でした。

 

防御のための土塁ですから、もしかするともっと高かったと思いますし、外側か手前側にセットの堀もあったのかもしれません。

 

 

・所在地 江南市宮後町八幡

 

・立地 平城

 

・築城時期  応永年間(1394〜1427)頃

 

・築城者 土岐氏?安井氏?

 

・主な城主 安井氏、蜂須賀氏

 

・現状 民家、畑地、県道64号線

 

地図

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