十二城 | 戦国時代以前にこの地を治めた板垣冠者兼信の居城




十二城 | 戦国時代以前にこの地を治めた板垣冠者兼信の居城

 

 

愛知県愛西市(旧佐織町)の十二城の城主は、板垣冠者兼信という人物です。

 

 

この人は、甲斐源氏の四代目当主で、武田信玄で名高い甲斐武田氏の初代当主・武田信義の三男ではないかとの説があります。

 

 

 

 

 

歴史

 

板垣冠者兼信という人物は、鎌倉時代にこの周辺の地頭であったそうですが、それ以上の詳しい事は分かっていません。

 

 

しかし歴史書に彼の名前は、しばしば出てきます。

 

 

まずは【吾妻鏡】(あずま かがみ)によると、板垣冠者兼信は京都の荘園領主から年貢を横領されたと訴えられています。

 

 

また【平家物語】には、甲斐源氏の一族として記載されており、源頼朝の富士川の合戦にも参戦しています。

 

 

ちなみに【冠者】というのは、官位が六位で無冠の若者だったからという指摘があります。

 

 

 

 

 

感想

 

十二城跡に建つ唯称寺の方の話によれば、十二城は(じゅうにしろ)とも読み、その由来は12の棟をもつ豪勢な館であったという事です。

 

 

さて、唯称寺の東の屋敷入り口に、十二城を示す石碑がありますが、これは屋敷の先代の方が、南の田んぼから掘り出したもので、長年土中に埋もれていたおかげでしょうか?今でも読める文字です。

 

 

また唯称寺の南にある池は昔からあり、龍伝説が残る池で、屋敷の人でもけっして水を汲む事がなかったとか。

 

 

しかし昭和に入り、池の周りをコンクリ−ト補修する際、池の水を全てかき出そうとしましたが、なかなか底が現れず、すり鉢状でかなり深かったとのことです。

 

 

唯称寺の方の話では、この池が堀の名残だとか。

 

 

 

 

 

 


唯称寺の南にある池。かなり大きく、堀の名残とも

 

 

 

 

 

 


今でもハッキリ読める文字の石碑です。

 

 

 

 

 

 


周辺の地名も十二城

 

 

所在地 愛西市町方町字十二

 

築城者 ?

 

立地 平城

 

主な城主 板垣冠者兼信

 

築城時期?

 

現状 民家・唯称寺

 

地図

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