赤目城 | この地に勢力を持っていた横井氏の居城
愛知県愛西市(旧八開村)の赤目城は、この地に勢力を持っていた横井氏の居城です。
歴史
執権北条氏の流れを汲む赤目城主・横井氏は、戦国時代にはこの地に勢力を持った豪族でした。
織田・豊臣・徳川と政権が交代しても、うまく時代の波を乗り切り、依然としてこの地を領有していました。
しかも江戸時代にも、尾張徳川藩から給人として、特別な待遇を受けています。
横井家は四代・時泰の時代に、本家・藤ヶ瀬家・祖父江家の三家に分立しましたが、本家を惣領として結束は非常に固いものでした。
感想
現在でも子孫の方がお城跡に住んでいる赤目城。
敷地内の曲輪を想わせる高台には、先祖を祭った神社があり、屋敷周辺を取り巻く水路もかつての堀の名残と伝わります。
しかしご主人の話では、横井氏が今の場所に屋敷を構えたのは、関ヶ原合戦以後の事。
それ以前の赤目城は旧地名で古赤目、現在の定納にあったそうです。
なぜ場所が移ったかというと、それまでにも度重なる洪水で被害を受けていたので、古赤目よりも高台の現在の場所に移されたそうです。
よって現在屋敷の周りに堀跡の水路もありますが、戦国時代のものではなく、戦が無くなった世に作られたものとか。
周りは平地なのにココだけ高台。後世の盛土でしょうか?
赤城(せきじょう)神社がありました。
屋敷の周りを取り囲む様な形で流れている水路。かつての堀の名残とか。
横井家のご主人の話では、地元では元服祭りで有名な、白山神社の南側の定納という場所に戦国時代の赤目城があったとの事です。
現在、西側に『海部幹線水路』が流れていますが、これは『旧佐屋川』。
川幅も現在の水路の3倍ほど広く、一旦洪水になると被害も大きかったみたいです。
横井家の菩提寺でもある一心寺には、赤目城の城門が移築されています。
一心寺の墓地入り口にある門で、所々修復されていますが、この門は赤目・横井氏の歴史を見てきたのでしょうね。
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