安城市の詳細不明のお城跡まとめ




安城市の詳細不明のお城跡まとめ

かつての三河国である、安城市の詳細不明のお城跡をまとめてみました!

 

 

柿崎村古屋敷

 


山田八蔵の屋敷と伝わる柿碕村古屋敷。山田八蔵は家康に仕え、天正三年(1575)に大賀弥四郎が武田氏に通じている事を訴え、五百石の加増を得ています。

 

 

また、渥美弥三郎と喧嘩して討たれたとの事が【三河国二葉松】に書かれています。

 

 

柿崎村古屋敷があった柿崎町字南屋敷は、現在宅地化が進み屋敷の遺構は残っていません。南屋敷の北側に三角の不規則な交差点があり、その中心にお堂がありました。当時に関係があるのでしょうか?

 

 

 

 

 

今村城

 


今村城の城主は松原吉之丞一学という人で、今村城を築いた後、寛正年間(1460〜66)に現在の瀬戸市に移り、また同じ名前の今村城を築いています。そして息子の下総守広長は徳川家康に仕えました。

 

 

かつての今村城は今本町1町の白山比売神社と周辺の宅地となってしまい、お城の遺構は残っていません。ちなみに瀬戸氏の今村城は堀跡の池と石碑があります。

 

 

 

 

 

箕輪城

 


箕輪城の城主は、当地の豪族・浅井治兵衛道介と伝わります。天文十一年(1543)、安祥松平氏との戦に破れ、討死しています。

 

 

現在の箕輪町本屋敷にある光明寺とその周辺がかつての箕輪城跡との事。明治初年までは、本堂裏に堀の一部があったとの事ですが、今ではなくなってしまったとの事です。

 

 

 

 

 

上条城

 


三河国二葉松に出てくるお城で、城主は足立吉太夫・上条氏と伝わります。

 

 

上条町中屋敷にある浄玄寺とその北側が、かつてのお城跡と伝わりますが、周辺は宅地開発が進み、お城の遺構は残っていません。

 

 

 

 

 

篠目城

 


詳細不明のお城。ただひとつ分かっている事は、天文十一年(1542)、篠目城主が安祥城の松平勢に加わり、織田方の箕輪城を攻めているという事です。

 

 

篠目町本郷にある明専寺付近にお城があったと伝わります。周辺は宅地開発が進みお城の遺構らしきものは残っていませんでした。

 

 

 

 

 

古井城

 


三河国二葉松によると城主は『石原惣衛門』の居城とか。後に細井氏がこの地に移ってきたそうですが、しばらくして六名村(岡崎市)に移りました。

 

 

古井城跡は実はどこかよく分かりません…。一説によると、古井町中屋敷の古井集落の中心地にある古井神社周辺ではないかとの事です。

 

 

 

 

 

堀内城

 


三河国二葉松に出てくるお城で城主は『堀小三郎』と伝わります。

 

 

上の写真は堀内古墳ですが、堀内城は堀内古墳の南、【屋敷】地内一体との事で、堀内古墳がお城跡という訳ではありません。

 

 

愛知県中世城館跡調査報告U三河地区によると、明治時代の地籍図に土塁状の地形が確認でき、その中に旗本・本多美作守の代官屋敷も確認できるとの事です。

 

 

 

 

 

宮地古屋敷

 


足利氏と安祥松平氏に仕えたという『新家氏』の屋敷跡と伝わります。

 

 

宮地古屋敷は現在宅地となっており、かつては高さ2mの土塁が屋敷の北側と西側に残っていたそうですが、岡崎・刈谷線の工事で消滅してしまったそうです。

 

 

しかし、土塁の上に祀ってあったといわれる祠が現在でも残っていました。さらに敷地内に新しい建物を立てる際、発掘調査をしたところ、焼き物等の遺物が出てきたそうです。

 

 

 

 

 

川島村古城

 


天正年間(1573〜92)に太田主計・左馬之介が居住したと伝わる川島村古城。子孫は水戸の徳川家に仕えました。

 

 

かつてのお城跡の遺構と伝わる堀・土塁が残る民家には、子孫の方が住んでおり、敷地内には井戸もありました。字名も太田屋敷とはそのままですよね。


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