中島城 | 戦国時代以前に中島郡を支配した中島氏の居城跡




中島城 | 戦国時代以前に中島郡を支配した中島氏の居城跡

 

 

愛知県一宮市の中島城は、戦国時代以前に中島郡を支配した中島氏の居城跡と伝わります。

 

 

 

 

 

 

歴史

 

中島城の城主である中島氏は、嵯峨天皇の第十二王子・河原の左大臣源融(みなもと の とおる)の末裔といわれており、嵯峨源氏一族です。

 

 

融(とおる)から数えて十三代目が中島左衛門尉宣長という人で、彼が尾張国にやってきて居城したのが中島城の始まりです。

 

 

この時期については、平安末期、鎌倉初期ともいわれハッキリしませんが、ともあれ中島氏はこの地に根を張り、着々と勢力を拡大していきました。

 

 

中島氏は代々・蔵人(くらうど)を称しており、これは一個人を示すのではなく、中島一族の官名です。

 

 

現在の一宮市に、鎌倉時代に創建された臨済宗妙心寺派の古刹・妙興寺というお寺がありますが、この妙興寺を創建したのが当時の中島城主の血縁の人物だったそうです。

 

 

そのためか妙興寺文書だけでも次の名前が出てきます。

 

  • 中島重松源蔵人
  • 中島新蔵人
  • 中島蔵人大夫
  • 中島蔵人

 

さて、そんな中島氏ですが室町時代に入ってからは、尾張守護の斯波氏や守護代の織田氏の勢いに押され、次第に所領を減らされてしまいます。

 

 

さらに戦国時代になると、一族は全国に散らばり、中島氏も尾張上四郡を支配する岩倉城の岩倉織田氏に属する様になりました。

 

 

岩倉城落城後は一時期どうなったのかわかりませんが、いつの間にか秀吉に仕えて中島式部少輔氏重(後の氏種)と名乗って、大坂城七手組頭になっています。

 

 

江戸期に入ると氏種の子孫が帰農したものの、後に大阪北部屈指の豪農として栄えましたとさ。

 

 

 

 

 

 

感想

 

一宮市立中島小学校の南200mのところに、かつての中島城跡があったといわれています。

 

 

現在では、お城の遺構はありませんでしたが、石碑が建っており周辺に城跡という字名も残っています。

 

 

戦国時代以前に全盛期を迎えたお城です。

 

 

所在地  一宮市萩原町中島字城跡

 

立地  平城

 

築城時期 平安末期?鎌倉初期?

 

築城者  中島氏

 

主な城主  中島氏

 

現状  更地

 

地図

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