中川区




中川区のお城記事まとめ

荒子城 | 前田利家の生誕地といわれるお城

名古屋市中川区の荒子城跡は、加賀百万石の祖・前田利家が生まれたお城といわれています。歴史この地の土豪で前田城主だった前田利昌(前田利家の父)が、天文十三年(1554)に築城し居城しました。利家も妻まつもここで幼少期を過ごしています。城主は歴代前田家の人間であり、利昌から子の利久・その弟利家・その子利...

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榎津城 | 室町時代の武田兵庫右衛門の居城

名古屋市中川区の榎津城は室町時代の武田兵庫右衛門の居城といわれています。歴史康正二年(1456)の『造内裏段銭並国役引付』という古文書に武田兵庫右衛門の名前が出てくるので、築城を含めお城があった時期がこれくらいの時だったのではと思われます。わかっているのはこのくらいで、お城の規模や詳細などは謎に包ま...

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江松城 | 信長に仕えた土方治兵衛の居城

名古屋市中川区にある江松城址は、織田信長に仕えた土方治兵衛という人の居城といわれます。歴史城主の土方治兵衛については謎が多く、天正二年(1574)に信長の命で助光の称円寺を焼き払ったという事しかわかっていません。また【尾張志】には、『信長の孫である織田秀信(三法師)の家臣に土方という尾張出身の者がい...

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下之一色城 | 蟹江合戦で有名な前田種利の居城

下之一色(しもの いっしき)城は、この地の土豪・前田与十郎種利の居城。その子・長種・定利とともに居城し、蟹江城主・佐久間正勝に属していました。歴史天正十二年(1584)小牧・長久手の合戦時、下之一色城は、織田信雄に味方していましたが、やがて羽柴秀吉に降った滝川一益の勧めで秀吉方に付きました。その後、...

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助光城 | 信長の家臣・福留右近将監の居城

名古屋市中川区の助光城は、織田信長の家臣の福留左近将監(一説には福留右近将監)の居城と伝えられます。歴史お城の規模は、約36m四方だったということですが、それ以外何も分かりませんでした。感想かつての助光城といわれる場所は、中川区助光1丁目にある土之宮神社周辺たったそうです。この地は住宅地として開発が...

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戸田城 | 尾張に残る田原戸田氏の居城跡

戸田城,尾張,田原,戸田宗光 名古屋市中川区の戸田城は江戸時代に田原藩主(愛知県田原市)となる戸田氏の祖先・戸田宗光が尾張にいた頃に居城していたお城です。歴史築城は古く、【張州府志】によると『戸田村に康和年間(1099〜1104)に大膳少進平季政が居を構えた』みたいな記述が見られます。平季政は戸田の庄司として居を構え、その後、戸...

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東越城 | 前田三郎四郎和春の居城

名古屋市中川区の東起(ひがしおこし)城は、前田三郎四郎和春の居城と伝わります。歴史お城の規模は東西約115m、南北約130mで、荒子城に続いて築城されました。城主・前田和春は、天正十二年(1584)の小牧・長久手合戦で秀吉方として参戦。蟹江城の出城である、下市場砦で家康軍に攻められ亡くなったそうです...

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前田城 | 前田家発祥の地といわれる地にあったお城

名古屋市中川区の前田城は加賀百万石の祖といわれる前田利家の前田家発祥の地といわれるお城です。また前田利家もこのお城で生まれたという説があります。歴史前田氏はこの前田城を拠点に蟹江、荒子、一色、東越の地を治めていたとされ、速念寺によると利家もこの前田城で生まれて7歳の時に荒子城に移ったとしています。も...

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奥村屋敷 | 前田氏に仕えた奥村氏の屋敷跡

名古屋市中川区の奥村屋敷は、前田氏の家臣・奥村氏の屋敷と伝わります。歴史築城者は奥村宗親(宗清とも)という人で、この人は藤原鎌足の子孫で、もともと中島郡奥村(現・一宮市奥町)に住んでいました。織田信長に仕え、荒子に領地をもらい移住。荒子に来た時は、前田家より奥村家の方が格上だったのですが、宗親が前田...

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池田屋敷 | 恒興の父・池田恒利の屋敷跡

名古屋市中川区の池田屋敷は小牧・長久手合戦で三河中入を考案し、長久手で徳川家康と戦った池田恒興の父・池田恒利(つねとし)の屋敷跡、もしくは城と伝わります。歴史つまり現代に残る姫路城を築く池田輝政の祖父の城跡という事ですね。恒利は足利義持に仕えましたが、後に出家してこの地に屋敷を構えました。恒利の妻、...

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祖父江屋敷 | 祖父江隼人の屋敷跡

名古屋市中川区の祖父江屋敷は、『尾張志』によれば祖父江隼人(そぶえはやと)という人の屋敷跡とのこと。現在の善行寺の南にあったそうです。歴史善行寺はもともと【善光寺】という米野村のお寺でしたが、文亀元年(1501)に、この土地の人・祖父江隼人の願いにより、自分の屋敷の近くである現在地に移し普広寺と称し...

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