北区




北区のお城記事まとめ

志賀城 | 信長の傅役だった平手政秀の居城屋敷跡

名古屋市北区の志賀城は、織田信長の傅役(もりやく:幼い世継ぎの後見人。現在でいう教育係)を務めた、平手政秀の屋敷があった場所です。歴史城館はかなりの豪邸だった様で、信秀の招きで尾張を訪れた公家・山科言継が驚いたという記録が残っているとか。信長公記によると政秀は幼少の信長(吉法師)の教育係のほか、織田...

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田端城 | 織田家重臣・林氏の祖である越智氏の居城

名古屋市北区の田端城跡は、織田家重臣・林道勝(佐渡守)の先祖である越智(おち)氏の居城です。稲生ヶ原合戦後に廃城になりました。歴史田幡城を築城した越智信高は、もともと伊予国(現・愛媛県)の豪族で、美濃国(現・岐阜県)を経て尾張にやってきました。田端城の築城時期は天文年間(1532〜55)頃といい、清...

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安井城 | 秀吉の正室・おね父である浅野長勝の居城

名古屋市北区の安井城跡は、浅野長政の養父・浅野長勝の居城です。歴史築城は天正年間(1573〜1592)と伝わり、安井将監、浅野長勝の名前がみられます。浅野長勝は弓衆を率いて信長に仕えた武将。長勝には子供がなかった為、妻の妹婿・杉原道松の遺児二人を養女として引き取り、姉の『おね』は木下藤吉郎秀吉(後の...

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如意城 | 南朝の家臣・石黒重行の居城

名古屋市北区の如意城跡は、戦国時代以前の南朝の家臣・石黒重行の居城です。歴史明徳四年(1393)に南朝の家臣・石黒重行が尾張国如意の地に来て館を構えたのが始まりで、その後、石黒氏は清州城の斯波氏に仕えます。石黒氏は斯波氏に仕えた後に如意、味鋺の地を領するようになるので、如意城が館城となったのも斯波氏...

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山田重忠屋敷 | 承久の乱で活躍した山田重忠の屋敷跡

名古屋市北区の山田重忠屋敷跡は、承久の乱(1221)で活躍した山田重忠の屋敷跡です。歴史重忠は源満政の子孫で、承久三年(1221)後鳥羽上皇の院宣を受け出陣。幕府軍と美濃国(現・岐阜県)で対峙して重忠は主従90騎で奮戦します。しかし幕府軍に押され、杭瀬川、瀬田と後退し京で最後を迎えました。享年56歳...

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山口屋敷 | 福島正則に仕えた山口総左衛門の屋敷跡

名古屋市北区の山口屋敷跡は、戦国時代に福島正則に仕えた山口総左衛門の屋敷跡です。歴史江戸時代に書かれた『張州雑志』に『今は田圃となる』とあるので、すでに江戸時代には屋敷はなかったのでしょう。その他詳細は不明です。感想山口総左衛門の屋敷跡と伝わる場所は、岳桂院の西の空き地で、小川屋敷のすぐ側です。しか...

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小川屋敷 | 織田伊勢守信安に仕えた小川平左衛門の屋敷跡

名古屋市北区の小川屋敷跡は、岩倉城の織田伊勢守信安の家臣・小川平左衛門の屋敷跡です。歴史この人物は『張州雑志』という資料に記載がありますが、詳細は分かりませんでした。よって屋敷の規模、詳細も不明です。感想名古屋市北区5丁目に小川屋敷跡と伝わる場所がありますが、周辺は区画整理と開発が進み、かつての屋敷...

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