小関城 | 小関源五左衛門の居城
小関城の城主は、この地に勢力を持っていた小関源五左衛門と伝わります。
歴史
この小関氏に関しては謎が多く、織田信長に仕えたとも福島正則に仕えたとも言い伝えがあります。
また【尾張の古城】(笹山忠著)では、応仁の乱の頃(1470年代)に新居城(現在の尾張旭市)の水野氏に追われた大森城の小関氏の一族が、同族であった上野村の小関氏を頼って逃げたとする資料があるそうです。
しかしこの地域には永正年間(1504〜21)に上野城の下方氏が信濃より進出しており、小関氏と下方氏の関係を記した記録もなく、両者の関係も謎なんです。
感想
小関城は上野城の東方100m位の所にあったそうですが、現在この地は住宅地として開発され、小関城を偲ぶものは何も残されていません。
ところで愛知県教育委員会発行の【愛知県中世城館跡調査報告T 尾張地区】には、小関城はかつての『鍋屋上野村』にあり、現在の住所では千種区鍋屋上野になっていますが、地籍図を見ると上野城より、東南の方角にあります。
この場合、住所も鍋屋上野町ではなく、下方3丁目にあたるので、たいして離れてはいませんが、下方3丁目を記載しました。
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