福岡屋敷 | この地の郷士・福岡太郎右衛門の屋敷跡




福岡屋敷 | この地の郷士・福岡太郎右衛門の屋敷跡

 

 

愛知県長久手市の福岡屋敷は、戦国時代にこの地の有力者・福岡太郎右衛門の屋敷跡と伝わります。

 

 

 

 

 

歴史

 

城主である福岡太郎右衛門に関しての記録は少なく、どのような人物だったのかもよくわかっていません。

 

 

ただ、福岡屋敷から北に約600程のところにあった大草城の城主が、福岡新助という人物なんです。

 

 

同じ福岡姓の人物なので、福岡新助は大草城と何か関係があったのかもしれません。

 

 

 

 

 

感想

 

現在の長久手市前熊橋ノ本にある前熊寺がかつての福岡屋敷だったといわれています。

 

 

福岡太郎右衛門は、両親の菩提を弔う為に、天文五年(1536)、屋敷の敷地内にお寺を建立しました。

 

 

その時は前熊山和合寺と称しましたが、福岡太郎右衛門の没後に天申山前熊寺と改められたそうです。

 

 

現在では館時代の遺構は残っていませんが、前熊寺の前を流れる香流川(かなれがわ)が、館を守る天然の堀に見えてしまいます。

 

 

館があった時代から400年以上経過しており、川の流れも変わっていると思いますが、現在に残る武将の館跡は、川を天然の堀にしていたケースも多いので、もしかすると福岡屋敷もその可能性がありますね。

 

 

さて、城主の福岡太郎右衛門に関しては、今後の研究が期待されますが、同じ地域に同族が力を持ち、一族のお城が複数ある例は多いです。

 

 

例えば現在の日進市は、岩崎城を拠点とした丹羽氏一族のお城がいくつも点在していました。

 

 

また現在の稲沢市には、織田信長の鉄砲師範を務めた、橋本一巴(はしもといっぱ)の橋本氏のお城が点在しています。

 

 

この事から、福岡氏もこの地域にいくつかの拠点を持った豪族だったのではないかと私は思います。

 

 

所在地  長久手町大字前熊字橋ノ本

 

立地  居館

 

築城時期 ?

 

築城者  福岡氏

 

主な城主  福岡新助

 

現状  前熊寺

 

地図

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