愛西市




愛西市記事一覧

愛知県愛西市の詳細不明のお城まとめ

愛西市の不明のお城をピックアップしてみました!2005年4月に、佐屋町佐織町立田村八開村この4つの町村が合併して誕生した愛西市(あいさいし)。あまり開発が進んでいない地区のようですが、お城跡の遺構はあまり残っていません。しかし遺構の名残と伝わるものや、雰囲気は結構残っていたりします。すべて平城で、有...

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大野城 | 小牧長久手合戦で徳川方の山口重政が守ったお城

愛知県愛西市の大野城は、小牧長久手合戦時に蟹江城主・佐久間正勝が築き、家臣の山口重政に守らせたお城です。歴史大野城は蟹江城の支城として西尾張の戦略的重要尾な位置にあり、大野川(大膳川)を天然の堀として備えています。天正十二年(1584)の小牧・長久手関連の蟹江合戦では、城主・山口重政は、母を人質にさ...

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西保城 | 織田信長の弟・織田信包の居城となったお城

愛知県愛西市の西保城は、戦国時代に織田信長の弟・織田信包(のぶかね)の居城となったお城です。歴史西保城は戦国時代末期に織田氏が築き、信長の弟・織田信包が居城しました。西保城は佐屋川を挟んで、さらに弟の信興(信与とも)が守る小木江城と相対する位置にあり、長島の一向一揆に対するお城でもありました。信包は...

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十二城 | 戦国時代以前にこの地を治めた板垣冠者兼信の居城

愛知県愛西市(旧佐織町)の十二城の城主は、板垣冠者兼信という人物です。この人は、甲斐源氏の四代目当主で、武田信玄で名高い甲斐武田氏の初代当主・武田信義の三男ではないかとの説があります。歴史板垣冠者兼信という人物は、鎌倉時代にこの周辺の地頭であったそうですが、それ以上の詳しい事は分かっていません。しか...

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石田城 | かつての立田村にあった詳細不明のお城跡

愛知県愛西市(旧立田村)にあった石田城は、詳細不明のお城跡ですが、堀の遺構が残っています。歴史石田城は築城者も年代も不詳のお城です。【尾張志】に唯一記載が見られるのみで、それによれば東西約72m、南北約108mで、北・東に堀があったとか。現在民家になっており、屋敷の北側にはかつての堀を想像させる、大...

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小木江城 | 織田信長の弟・織田七朗信興の居城

愛知県愛西市(旧立田村)の小木江城跡は、戦国時代に織田信長の弟・織田七朗信興が居城したお城です。歴史小木江(こきえ)城は、古木江城ともいわれるお城で、西側の伊勢長島一向宗徒との戦いの拠点として、築かれたお城でした。元亀元年(1570)小木江城は、長島本願寺門徒や弥富の服部党に包囲されました。六日間戦...

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早尾東城 | 大橋源三右衛門が築き後に橋本大膳が居城したお城

愛知県愛西市(旧立田村)の早尾東城は、大橋源三右衛門が築き後に橋本大膳が居城したお城です。歴史早尾東城は16世紀初め頃、大橋源三右衛門によって築城されたお城と伝わります。大永四年(1524)勝幡城主・織田信定(信長のおじいさん)が津島を攻めました。津島衆は早尾東城に逃げ込み、戦いましたが敗北。お城を...

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赤目城 | この地に勢力を持っていた横井氏の居城

愛知県愛西市(旧八開村)の赤目城は、この地に勢力を持っていた横井氏の居城です。歴史執権北条氏の流れを汲む赤目城主・横井氏は、戦国時代にはこの地に勢力を持った豪族でした。織田・豊臣・徳川と政権が交代しても、うまく時代の波を乗り切り、依然としてこの地を領有していました。しかも江戸時代にも、尾張徳川藩から...

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