丸山城 | 酒井与右衛門の居城で得川有氏、親氏親子も訪れたお城
かつての三河国である刈谷市の丸山城跡は、酒井与右衛門の居城で得河有氏、親氏親子も訪れたといわれているお城です。別名・境城、人夫城。
歴史
碧海郡史によれば、酒井与右衛門が住し、永享十二年(1440)に得川有親が子の親氏と共に関東から逃れてきて、この地に入ったとか。
この得川有氏、親氏親子というのが後に松平有氏、親氏といわれる徳川氏の祖となる親子です。
ちなみに酒井忠次の酒井氏の祖である酒井広親は、得川(松平)親氏の子で、母は与右衛門の娘と伝わります。
感想
丸山城は明治までは山林となり、櫓台の様な場所があったそうですが、今では住宅地になっています。
平地の中に独立した丘陵地で、お城の雰囲気は残っています。
私がいつもチェックするルートですが、国道1号線からイオンタウンに向かう途中、右手に丸山城跡が見えます。現在では住宅が数件建っていますが、グーグルアースでみると、かつてお城だった区域がハッキリと分かるんです。
また住宅地全体が、がかつてのお城跡というケースはたくさんあります。例えば滋賀県(近江)の目加田城みたいにひとつの地区がお城跡というケースもあるので、三河丸山城だけではない事がわかりますね。
ただ丸山城に関しては、少し高台にあるというだけで、かつての縄張りや堀跡など詳しいことが分かっていません。
あと気になるのがこの地の地名です。丸山城跡がある場所は、三河の刈谷市境町丸山という地名なのですが、この境町が三河と尾張の境川から来ているのか?
もしくはかつての城主である酒井氏⇒境になっているのか?もしかするとその辺りの関連もあるのかもしれないですね。
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