黒田城 | 山内一豊の生誕地といわれるお城




黒田城 | 山内一豊の生誕地といわれるお城

 

 

愛知県一宮市(旧木曽川町)の黒田城は、戦国武将・山内一豊の生誕地といわれるお城跡です。

 

 

 

 

 

 

歴史

 

もともとこの地には、明応年間(1492〜1501)に後藤光秋が築いた屋敷があり、それが後の黒田城の原型になったといわれています。

 

 

しかし別の説では、十五世紀末に相模国からやって来た五藤源太左衛門光正がこの地に館を築いたのが黒田城の始まりともいわれ、よくわかっていません。

 

 

ともあれ戦国時代初期には、この地に豪族の館があったみたいです。黒田城が有名になるのは、その後、山内氏の時代でしょう。

 

 

この地は岩倉城の織田伊勢守信安が支配することになり、岩倉織田家の家老だった山内但馬守盛豊が城代となります。

 

 

この人が山内一豊の父です。

 

 

盛豊が城代だった時に黒田城改修が行われて、城としての形態を整えたといわれています。

 

 

しかし弘治三年(1557)に黒田城は信長に攻められ落城。

 

 

盛豊と長男・十郎は討死してしまい、一豊は黒田城から逃げ出して流浪の旅に出ます。

 

 

その後、城主は織田広良、和田新助、和田八郎、沢井雄重、一柳直盛と代わり、江戸時代になると尾張藩領となり黒田城は廃城となりました。

 

 

ちなみに山内一豊は岩倉市の岩倉城が生誕地といわれていますが、一宮市ではこの黒田城で天文十四年(1545)に誕生したといわれています。

 

 

 

 

 

 

感想

 

2006年大河ドラマ・功名ヶ辻で一躍有名になった黒田城ですが、現状は一宮市立黒田小学校とその周辺の住宅地です。

 

 

黒田小学校の北を流れる野府川は、かつての堀の跡と伝わり、校門入り口には、お城跡を示す石碑と内助の功のエピソードを示す銅像が建立されています。

 

 

私の感想ですが、黒田城は遺構は残っていないものの、興味深いと思ったのは字名です。

 

 

まず城跡と伝わる黒田小学校の字名が古城。そして周辺には城西や城東といった字名が残っています。

 

 

地図を見るとこの字名もわかりやすいので是非、チェックしてみてください。

 

 

あと近くにある木曽川資料館には、山内氏に関する展示や一宮市ゆかりの戦国武将の説明もわかりやすく解説してありますので、黒田城とセットで訪れることをおすすめします。

 

 

また毎年9月には山内一豊を顕彰するお祭り・木曽川町一豊まつりが行われています。

 

 

 

 

 

 


小学校内に建つ山内一豊の像。

 

 

妻のヘソクリで買った馬とセットです。

 

 

 

 

 

 


黒田小学校の北側を流れる川は、かつての堀跡といわれています。

 

 

当時はもっと深く、幅も広かったのでしょうね。

 

 

 

 

 

 


黒田小学校の近くにある法蓮寺は、山内家の菩提寺で、一豊の父・盛豊と兄・十郎のお墓があります。

 

 

また入口には山内一豊公出生之地という石碑も建っています。

 

 

>>法蓮寺公式サイト

 

 

 

 

 

 


黒田城とセットで訪れたい木曽川資料館には、山内氏や一宮市ゆかりの戦国武将の展示が分かりやすく解説してあります。

 

 

建物自体も文化財指定を受けており、館長さんも歴史好きの方です。

 

 

>>木曽川資料館の詳細

 

 

 

 

 

 


毎年9月に行われる木曽川町一豊まつりでは、一般公募から選ばれた山内一豊と山内家ゆかりの人物を中心とした武者行列が行われます。

 

 

行列後は黒田小学校で様々なイベントが行われ盛り上がります。

 

 

>>一宮市木曽川町一豊まつり

 

 

所在地  一宮市木曽川町黒田字古城

 

立地  平城

 

築城時期  明応年間(1492〜1501)

 

築城者  後藤光秋

 

主な城主  後藤氏・山内氏・和田氏・沢田氏・一柳氏

 

現状  一宮市立黒田小学校

 

地図

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